医学用語と食べ物のかかわり 消化器編
医療従事者が病変の比喩に食べ物をよく用いることは周知のことだと思うが、そのような表現についてまとめていこうと思う。こういったことは誰かがすでにやってそうなものだが見つけることはできなかった。先例があるのなら教えてほしい。
ここでは消化器に関するものについて書く。実際に使用されていることはGoogleで検索するなどすれば知られるので出典などは基本的に明示しないが、網羅的に調べるにあたっては『病気がみえる vol.1』第5版などを参考にしている。消化器とくくるには不適切に思われるものもこれに載っているものは便宜上ここに書く。いずれ整理する。
- 米のとぎ汁様便/rice water stool
- トマトジュース様便
- イチゴゼリー状・イチゴジャム状粘血便
- ブルーベリージャム様
- 緑色ミートソース様便
- 扁桃
- 梨状陥凹/pyriform sinus
- 乳糜
- 血豆
- コーヒー残渣様/coffee-like
- オリーブ様腫瘤
- doughnut sign
- カニ爪状陰影欠損
- コーヒー豆徴候/coffee bean sign
- 乾酪性/caseous
- アンチョビソース様
- ブドウの房状/grape-like
- 夏ミカン状/orange-like
- カリフラワー状/cauliflower-like
- ヤツガシラ状
- watermelon stomach
- 牛の胃様手掌/tripe palms
- りんご芯像/apple core sign
米のとぎ汁様便/rice water stool
コレラで見られる水様性下痢。Vibrio choleraeの生じるコレラ毒素によって細胞内の水や電解質が流出し、白あるいは灰白色の水様便が生じる。
トマトジュース様便
出血性大腸炎などで見られる血性下痢。
出血性大腸炎では合成ペニシリンなどの抗菌薬により腸管のKlebsiella oxytocaや大腸菌が増殖し、出血が生じこれに至る。
赤くて液状なら何でもトマトジュースと評せる気がするが、潰瘍性大腸炎での血便や血尿にも用いられているらしい。
イチゴゼリー状・イチゴジャム状粘血便
アメーバ赤痢や腸重積で見られる。あまり聞かないが「トマトケチャップ状」とも言うらしい。「トマトジュース」よりは水分が少ないということだろう。
ブルーベリージャム様
Meckel憩室で見られる出血・血便の形容に用いられる。「イチゴジャム」は鮮血の赤みを残すがこちらはより口側に由来し黒くなっている、ということか。
緑色ミートソース様便
サルモネラ腸炎で生じる水様性下痢。そこまで無理して食べ物に例えることある?緑色はビリルビンによるものか。腸炎により出血を生じることもあるらしいがその場合はミートソースと呼ぶのかトマトジュースと呼ぶのか。
サルモネラは加熱の不十分な鶏卵・食肉から感染することがあるため場合によっては実際にミートソースで腸炎に至ることもあるかもしれない。ミドリガメが保菌していることも知られており緑とミートソースで自然に語呂になっている。よかったですね。
いくらなんでも尻から出るものを食べ物に例えるのは勘弁してほしい。Bristol便形状スケールでも「ナッツ状」「ソーセージ状」という形容がされるが。
扁桃
現在ではあまり使われないが、元々はアーモンドのこと。形もそれっぽい。
口蓋扁桃などの扁桃は英語でtonsilだが、脳の扁桃体/amygdalaはアーモンド/almondと由来を同じくする。
梨状陥凹/pyriform sinus
pyri-は"梨"を意味するpyrumに由来する。梨状筋/piriformis muscleについても同様。しかし言うほど梨に似てるか?
乳糜
乳糜尿・乳糜管・乳糜腹水などでおなじみだが本来は乳粥を意味する語。悟りを得る直前のブッダにスジャータが乳粥を差し入れたエピソードは有名だが、『修行本起経』などでこれを引くと本来の意味での使用が見られる。よく目にする「びらん性」という言葉も漢字に直せば糜爛性と書くが、この"糜"も粥を指す。
日本大百科全書いわく乳糜尿を米のとぎ汁状、乳糜血尿を小豆とぎ汁状と形容することもあるらしい。
乳糜尿は英語でもmilky urineと言ったりする。
血豆
一般によく使われるが、改めて思えばこれも食べ物系表現の1つである。
コーヒー残渣様/coffee-like
上部消化管の出血に由来する吐血の形容に用いられる。胃酸によってヘモグロビンがヘマチンとなり褐色を呈する。
オリーブ様腫瘤
肥厚性幽門狭窄症において肥厚した幽門部の形容に用いられる。
doughnut sign
肥厚性幽門狭窄症の幽門筋の超音波所見。高エコーの粘膜を取り囲む低エコーの幽門筋がドーナツのような像を呈する。
カニ爪状陰影欠損
腸重積において注腸造影で見られる所見。造影剤の停滞から生じる。回盲部で好発。食べ物に含めていいのかなこれ。
重積部分の触診所見もソーセージ様腫瘤と形容される。 腸の表現に腸詰を使っているのはレトロニムっぽい。
コーヒー豆徴候/coffee bean sign
腸軸捻転症において腹部単純X線像で見られる所見。拡大したS状結腸が描く孤がコーヒー豆に見える。
乾酪性/caseous
乾酪性肉芽腫、乾酪壊死といった語で見られる。caseousは"チーズ状の"を意味する語。
乾酪は『斉民要術』に見られる乳製品*1。チーズの正確な定義を知らないので単に乳の発酵食品というだけでチーズとしていいのかは判断しかねるが、とりあえずチーズの訳語としてたびたび用いられる。
アンチョビソース様
アメーバ性肝膿瘍での粘稠膿汁の形容に用いられる。チョコレート様とも。
ブドウの房状/grape-like
膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の分枝型のものの形容に用いられる。乳頭状・イクラ状と評される隆起性病変が多数存在することからこう呼ばれる。
夏ミカン状/orange-like
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の形容に用いられる。球形の腫瘍が厚い線維性被膜に覆われていることから。
カリフラワー状/cauliflower-like
超音波検査における転移性肝癌の所見などに用いる表現。辺縁がボコボコしていることをいう。
ヤツガシラ状
超音波検査・CTなどにおいて辺縁がボコボコしているものをこう形容する。上の「カリフラワー」と大差ないのでは。
八頭(あるいは九面芋)はサトイモの一種。複数の芋が癒合し塊となることからこう呼ばれる。鳥のヤツガシラではない。
watermelon stomach
胃の前庭部の毛細血管拡張によりスイカのような縞模様を呈した胃を指す。GAVEやDAVEにおいて内視鏡で見られる所見。
牛の胃様手掌/tripe palms
掌蹠角化症で見られる掌。皮膚の肥厚から牛の胃/tripeに似た様相を呈するためこう呼ばれる。
掌蹠角化症は内臓悪性腫瘍に随伴する形でも生じることが知られている。
りんご芯像/apple core sign
腫瘍などによって腸が狭窄している際に注腸造影で見られる。
以上の内容は予告なしに編集・追記されることがある。他にあれば教えてほしい。